役員会議を「お遊戯会」に変えた、僕の最大のミス
静寂が支配する役員会議室。空気は鋭く研ぎ澄まされ、役員たちの放つ重圧で、酸素濃度すら少し下がっているような錯覚に陥る。議題は、我が社の次年度戦略における、かつてないほど深刻な「構造改革」について。
「このプロジェクトの失敗は、すなわち企業の終焉を意味する」
社長の重低音が響き渡った、まさにその刹那のことだった。僕のポケットから、この世のものとは思えないほど陽気で、能天気で、そして何より場違いな音が炸裂した。
『どんぐりコロコロ、どんぶりこ〜♪』
音量はマックス。防音設備の整った会議室に、軽快なピアノと子供たちの無邪気な合唱がこだまする。なぜ幼稚園の発表会の曲が僕のスマホに入っていたのか、そしてなぜそれが鳴ったのか。そんな弁解は一切通用しない。僕の息子が昨夜、勝手に設定していたのだ。
全員の視線が、一斉に僕に突き刺さる。社長の眉間には深い皺が刻まれ、他の役員たちは「今、何が起きた?」と思考を停止させている。
ここで黙り込むのは死を意味する。僕は、心臓の鼓動が耳元まで聞こえる中で、あえて狂気的な行動に出ることにした。
スマホを取り出すと、僕はそれをまるで指揮棒のように空中で振り回し、顔を紅潮させながら、その場で立ち上がったのだ。
「皆様! これは次年度戦略のメタファーです!」
会議室の空気が完全に凍りついた。しかし、止まるわけにはいかない。
「どんぐりは! 我々です! どんぶりこ! と、市場という名の急流に飛び込み、しかし! 池にはハマらず、見事に海へと漕ぎ出す。この『どんぐりコロコロ』には、そんな我々の挑戦の魂が込められているのです!」
僕は、最後の一節を熱唱した。
「……追いかけて、ヒョイと飛び込む! さあ、このプランを承認いただけますか!」
数秒の沈黙。僕の顔は茹で上がったタコのように真っ赤だっただろう。しかし、次の瞬間、重役たちが一人、また一人と肩を震わせ始めた。やがて、会議室は爆笑の渦に飲み込まれた。社長までもが、涙を拭いながら笑い転げている。
「君、面白いな。その度胸と、どんぐり精神だけは評価してやろう」
結局、企画は満場一致で可決された。会議終了後、上司に呼び出され、「二度と鳴らすな、殺す気か」と肩を叩かれたが、僕のiPhoneの着信音は、いまだに「どんぐりコロコロ」のままだ。
ピンチは、笑いと勢いだけでどうにかなる。それが、僕が役員会議で学んだ唯一の戦略である。
