「御社のビジョンは鮭です」——おにぎりの具だけで面接を突破しようとした話
「まずは、あなたの自己紹介をお願いします」
シュッとしたスーツ、カフェのラテアートよりも複雑な眼鏡をかけた面接官が、神妙な面持ちで私を見た。ここは某ITベンチャーの最終面接。私はあえて、ネクタイを少し緩め、腹を据えた。
「はい。私は、人生において『梅干し』のような存在でありたいと考えています」
面接官のペンが止まった。「梅干し……ですか?」
「はい。酸味という鋭い個性で周囲を引き締め、しかし決して主張しすぎず、米という基盤に寄り添う。まさに、御社のグローバル展開におけるアクセントになり得ると確信しております」
静寂。面接官の眼鏡が、わずかにズレた。しかし、彼は「なるほど」と呟き、メモ帳に何かを書き殴った。どうやら、この狂気は「哲学的な比喩」として変換されたらしい。
「では、あなたの最大の長所と短所を教えていただけますか?」
勝負どころだ。私は迷わず切り込んだ。
「長所は『明太子』のような柔軟性です。粒子の一つひとつが独立しながらも、全体として調和を保つ。急な環境変化にも、プチプチとした刺激的な反応で対応可能です」
「……では、短所は?」
「短所は『ツナマヨ』ですね。油断すると少しばかり自己主張が強くなり、周囲を濃厚な個性でコーティングしてしまう傾向があります。しかし、これは言い換えれば『包容力』でもあります」
面接官は、深く頷いた。彼の中で何らかの化学反応が起きているようだ。デスクの上のミネラルウォーターを一口飲み、彼はさらに難解な質問を投げてきた。
「今の日本の経済状況、そして我々の業界の未来について、どうお考えですか?」
さあ、ここがクライマックスだ。私は背筋を伸ばし、堂々と答えた。
「一言で言えば、『昆布』ではないでしょうか」
「昆布……?」
「時代という出汁が出るのを、じっと待つ。決して華やかではないが、そこに存在しなければ旨味が出ない。御社の未来は、まさにその出汁をいかにコントロールするか。鮭のような爆発力も大切ですが、最後に行き着くのは、結局、海苔で巻かれた一体感ではないかと」
面接官の瞳に、不審な光ではなく、なぜか敬意の色が宿り始めた。彼は感極まったように溜息をついた。
「素晴らしい……。君、今まで色々な学生を見てきたが、『おにぎりの具』というメタファーを使って、これほどまでに経営の本質を突いてくるとは。……君は、具材として何になりたい?」
私は、最後の一手を出した。
「私は……『塩』です。何も具が入っていなくても、それ単体で米の甘みを引き出せる。最高の黒子になりたいのです」
面接官は立ち上がり、力強く握手を求めてきた。
「君のような尖った人材を待っていたんだ。明日から、うちの『おにぎり事業部』……いや、戦略立案室に来てくれないか?」
私は冷静を装いながら会釈したが、心の中ではこう叫んでいた。 (やった……! これで明日の昼食代が浮いた!)
こうして私は、一切の社会常識を放棄したまま、内定という名の「具」を手に入れたのだった。
