10年ぶりの帰省、僕の部屋が「猫用ゲーミングルーム」になっていた件
10年という月日は、人生を変えるには十分な長さだ。 新卒で飛び込んだブラック企業で磨り減らされた精神、ようやく手に入れた平穏、そして少しだけ増えたお腹周り。すべてを抱えて、僕は久しぶりに実家の扉を叩いた。「ただいま」という言葉には、かつて自分が愛した自室で、布団にくるまってダラダラ過ごすという至福の未来への期待が込められていた。
しかし、母は玄関で、なんとも言えない複雑な笑みを浮かべていた。 「あら、おかえり。……そういえば、あんたの部屋、今はちょっと『仕様』が変わってるからね」
その嫌な予感は、ドアを開けた瞬間に確信へと変わった。
虹色に光る、猫の聖域
部屋のドアを開けた瞬間、目がチカチカした。 かつて僕がポスターを貼り、漫画を積み上げていた聖域は、完全にSF映画の秘密基地と化していた。
壁一面に設置されたのは、天井まで届く特注のキャットタワー。そして、デスクの上には、最高級のパーツで組まれたと思しきゲーミングPCが鎮座し、キーボードのRGBライトが虹色に明滅している。さらに、猫たちが快適に遊べるよう、部屋の隅々にはセンサー式のLEDライトが設置され、猫が通るたびに妖しく光るという徹底ぶりだ。
PCの椅子には、貫禄たっぷりの実家のボス猫「レオ」が鎮座し、モニターの画面にはYouTubeで流れる「ネズミが走り回る動画」が映し出されている。
「あ、それね、お母さんが最近ハマってる『猫用エンタメ環境』なの」
母は悪びれもせず言った。 「あんたが帰ってくるなんて急だし、最近レオくん、運動不足でね。このゲーミングPC、猫の視力に合わせてフレームレートも調整してあるのよ。あの子、FPSゲームより、ネズミの動画の方がキルレ高いのよ」
居場所を失ったアラサーの末路
いや、待ってほしい。 ここ、僕の部屋だよね? 10年前に僕が旅立つまで、僕の人生のほとんどが詰まっていた場所だよね?
「ねえ母さん、僕はどこで寝ればいいの?」 恐る恐る尋ねた僕に、母はクローゼットから「それ」を取り出した。
「これ。最近のペットベッドは低反発素材だから、あんたみたいな腰痛持ちには最高よ」
差し出されたのは、Lサイズのスヌーピー型のペットベッド。どう見ても猫用の極上ベッドだ。猫たちがフカフカと眠る、あの夢の寝具である。
僕は、虹色に光るゲーミングチェアでふんぞり返るレオに視線を送った。レオは「そこ、俺の領土だぞ」とでも言うように、ゆっくりとまぶたを閉じた。
結局、その夜の僕の寝床は、かつて僕が勉強机を置いていた場所の隣。猫専用の自動給餌器の稼働音(ウィーン、カチャッ)をBGMに、ペットベッドに体を丸めて眠ることになった。
夜中、喉が渇いて目を覚ますと、隣でゲーミングPCの光が明滅していた。光の中に浮かび上がるのは、贅沢に作られた特注の爪とぎの山。僕は、毛玉を吐きながらキーボードの上を闊歩するレオを見て、悟った。
10年という月日は、実家から「僕」という人間を消去し、「猫の神」を降臨させるには十分すぎる時間だったのだ。
とりあえず、明日母さんに「猫用のヘッドセット、どれがいいか」を聞いてみようと思う。どうせなら、このゲーミングルームの猫の一員として、僕も本格的にデビューしたほうが幸せになれそうだ。
