美容院で「おまかせ」した結果、鏡に映っていたのは「未知の生命体」だった
「今の自分を打破したい」。そんな衝動に駆られ、私は意気揚々と近所の美容院の門を叩いた。
担当してくれたのは、少し気だるげだが確かな技術を持ちそうなベテラン美容師。「今日はどうしますか?」と聞かれ、私は人生最大の過ちとも言える言葉を口にした。
「……おまかせで。今の自分をガラッと変えるような感じでお願いします」
その瞬間、彼の目に宿った鋭い光を見逃すべきではなかった。彼は「了解しました。新しい可能性、見せて差し上げます」と不敵に笑うと、ハサミをまるで楽器のように鳴らし始めた。
鏡越しに映る自分の髪が、みるみるうちに切り落とされていく。しかし、途中で「あれ? なんだかシルエットが……水平方向に広がっていないか?」という違和感を抱いた。だが、私は自分を律した。これは芸術だ。信じるんだ、プロを。
1時間後、ケープが外された。
鏡の中にいたのは、人間ではなかった。それは、重力という物理法則を完全に無視して左右に不自然な突起が突き出し、中央には苔のようなメッシュが入った、どこかの星の侵略者だった。髪のフォルムはもはや「カット」ではなく「造形物」の域に達している。
私は恐怖で声が出なかったが、美容師は満足げに言った。 「どうです? 今までにない『未知との遭遇』感が出たでしょう」
逃げるように会計を済ませ、私は帽子も被らず、堂々と(というより半ば放心状態で)帰宅した。
玄関を開けると、出迎えた妻の表情がみるみる引きつっていく。小学3年生の息子に至っては、手に持っていたゲーム機を床に落とし、私の髪を指差して絶叫した。
「パパ! 頭の上にカブトムシの王様がいる!」
違う、これは髪だ。私の髪なんだ。しかし、妻の「ちょっと、近所の人には『宇宙の実験台になった』って説明してね」という冷ややかな言葉が、事の重大さを突きつけていた。
翌日からの数日間は、まさに地獄だった。 満員電車に乗れば、周囲の乗客が蜘蛛の子を散らすように席を立ち、私の半径2メートルには結界が張られた。すれ違う女子高生たちは「あれ、今の何? アート? それともバグ?」と私の髪を指差してヒソヒソと笑い、街中の犬たちは私を見ると怯えてキャンキャンと吠える。
私は確信した。この髪型は、地球の生態系には馴染めない。
結局、3日後には別の美容室へ駆け込み、平謝りして「普通のショートカット」に修正してもらった。鏡に映る普通の自分を見たとき、これほどまでに人間であることに安心感を覚えたことはない。
教訓。美容師に「おまかせ」をする時は、せめて「地球人類の範囲内」という但し書きをつけるべきである。あの日、私の頭の上で孵化しようとしていた謎の生命体は、今も私のトラウマとして、心の中に静かに棲みついている。
