スマホを貸したら、親が「中二病」に覚醒した件について
ある日、私はスマホを充電器に繋いだまま、母のスマホを借りて買い物リストを検索しようとした。そこで私は、恐ろしい光景を目撃した。
検索窓に「あ」と入力した瞬間、予測変換のトップに躍り出たのは「しんどい」の文字。その横には「まじかよ」「了解(スタンプ)」が並んでいる。
待ってほしい。母は普段、句読点と絵文字の使い方が独特な、丁寧すぎる長文LINEを送ってくるタイプだ。それがなぜ、今の私よりもさらにキレの悪い思春期男子のような語彙力になっているのか。
真相を突き止めるべく、私たちは「数日間、スマホを完全交換する」という無謀な実験を敢行した。
1日目:予測変換がもたらす絶望
母のスマホには、友人(という名の推し活仲間)からのメッセージが届く。「今日のランチ、どうする?」。普段なら「〇〇時にお店で集合しましょうね😊」と返すはずの母が、私のアドバイスを元に「了解」とスタンプ一つだけを叩きつけた。
「あんた、このスタンプ一個って、心臓に悪いわね。拒絶されてる気分になるわ」と母は笑ったが、その直後、母の指が勝手に「しんどい」をサジェストした。「これ、打つとちょっとだけ、重い荷物を下ろした気分になるわね」と母はつぶやいた。意外にも、彼女はこの「アンニュイな語彙」に癒やされていたらしい。
2日目:逆襲の「丁寧すぎる息子」
一方、私のスマホを渡された母は、私の人間関係を破壊しかけていた。 友人からの「今日遊べる?」という連絡に対し、母は「承知いたしました。貴殿の都合をお聞かせいただけますと幸いです」と返信していたのだ。
グループLINEには「誰、この急に敬語になった奴?」という通知が飛び交う。私は慌てて「ごめん、親と入れ替わってる!」と送ったが、それすらも母は「お騒がせしてしまい、誠に申し訳ございません」と訂正してきた。私のスマホの予測変換は、今や「かしこ」「謹んで」という、中世の文豪のようなラインナップに塗り替えられていた。
3日目:予測変換の向こう側
3日目の夜、私たちは食卓でスマホを返し合った。 私のスマホの予測変換には「お疲れ様です」「いつもありがとう」という、母が私のために打ち込み続けたであろう言葉が刻まれていた。 母のスマホには、私たちが入れ替わり期間中に見つけた「日常のモヤモヤ」を吐き出すための「しんどい」「まじかよ」という言葉が、実は家族という閉鎖空間でのガス抜きになっていたことが分かった。
「お母さん、それ、私の言葉なんだけどね」と私が笑うと、母は少し照れくさそうに言った。 「あんたが普段、どんなふうに世界と戦ってるか、少し分かった気がするわ。この『しんどい』ってボタン、押すだけで結構、肩の力が抜けるのね」
結局、私のスマホは相変わらず「かしこ」と打ちたがるクセが残ってしまった。 けれど、次に「しんどい」と予測変換が出てきたとき、私は笑いながらそのボタンを押せる気がする。
もし親御さんのスマホの予測変換がおかしなことになっていたら、それは反抗期ではなく、あなたとの距離を測ろうとしている「新しい言語」なのかもしれない。……まあ、間違っても私の「かしこ」癖は早く直したいところだが。
