初デートで「俺、実は魔法使いなんだ」と見栄を張った結果、土砂降りの雨に打たれることになった男の話
「俺、実はちょっとした魔法が使えるんだ」
初デートのカフェ、相手の佐藤さんの目を真っ直ぐに見つめ、僕は人生で一番恥ずかしいセリフを口にした。きっかけは些細なことだ。会話が途切れた焦りと、彼女の少し退屈そうな表情を打破したくて、無意識に「中二病の悪魔」が僕の口を動かしてしまったのだ。
「え、魔法? すごい! どんなことができるの?」
佐藤さんは目を輝かせた。その純粋な瞳を見て、僕はもう引き返せなくなった。「いや、大したことじゃないんだけど……まあ、自然を少しだけ操るというか」と、調子に乗って付け加えたのが運の尽きだった。
ちょうどその時、窓の外で空が唸りを上げた。予報になかった激しい夕立だ。 佐藤さんは窓を指差し、悪戯っぽく笑った。 「じゃあ、さ。その魔法で、この雨止めてみてよ」
時が止まった。正確には、僕の脳内だけがフリーズした。 「え、あ、それは……今はちょっと魔力の残量が少なくて……」 「いいじゃん、見たい! 見せてよ!」
佐藤さんの視線は逃げ場を塞ぐほど熱い。僕は震える足で立ち上がり、店を出た。濡れるのは嫌だったが、このまま「嘘でした」と告白してフラれるよりは、一縷の望みをかけて「儀式」を演じる方がマシだと判断したからだ。
外はバケツをひっくり返したような土砂降り。僕は傘も差さず、歩道の中央に仁王立ちした。
「いくぞ……『水流の理(ことわり)よ、我が命に従いて霧散せよ』!」
僕は右手を空にかざし、全身全霊で厨二病的なポーズを決めた。雨は容赦なく顔面に叩きつけられ、服は瞬時にして雑巾のように重くなった。1分経過。雨は止まない。むしろ勢いを増した。
「……もっと集中しないとダメね」
佐藤さんは軒下で、スマホをいじりながら僕を観察している。明らかに「こいつ、何やってんだ?」という冷めた視線だ。僕は追い詰められ、さらに恥ずかしい行動に出た。
「『冥界の門よ、開け! 境界を揺るがす波動、ここに集え!』」
意味不明な呪文を絶叫しながら、その場でくるくると回り、地面に杖に見立てた木の枝で魔法陣を描いた。通り過ぎるサラリーマンが恐怖の目で見つめ、野良猫が不審そうに鳴いている。
1時間経過。僕の髪は滝行の修行僧のように張り付き、靴の中は完全にプールになった。 2時間経過。呪文のレパートリーが尽き、ついには「やめろ、降るんじゃない、退け、水!」という日本語の命令形を混ぜる始末。
ふと見ると、佐藤さんが大爆笑しながらこちらを動画で撮っていた。 「ごめん、もう無理! お腹痛い! まさか本当に3時間も雨に向かって怒鳴り続けるとは思わなかった!」
結局、その初デートは「雨を止める魔法使い」ではなく「雨の中で滑稽に踊る道化師」として幕を閉じた。帰りの電車で濡れ鼠になった僕を、佐藤さんは「面白かったから、また付き合ってあげてもいいよ」と笑った。
魔法は使えなかったが、彼女の心を少しだけ「混乱」させられたことだけは確かだ。まあ、次は魔法なんて使わずに、もっとまともなデートをしようと心に誓った、そんな濡れそぼった夜のことである。
