「一番上のやつ」でお願いします!高級フレンチで運ばれてきた“絶望のタワー”
それは、昇進祝いを兼ねた人生初の高級フレンチでの出来事だった。
店内の照明はキャンドルひとつで、メニュー表はあろうことかフランス語オンリー。ルビなんて親切なものはどこにもない。「ムニュ・ド・何とか」と書かれた羅列を見つめ、私は冷や汗をかいていた。
同伴した彼女に「何にする?」と聞かれ、見栄を張りたい一心で私はメニューを適当に指さした。
「これ、一番上のやつで」
給仕係のムッシュは、私の指先を見て一瞬だけ表情を曇らせたが、「ウィ、ムッシュ」と深々と一礼して消えた。私は内心『一番上にあるのだから、きっとメイン料理だろう』と高を括っていた。
だが、運ばれてきたのは違った。
銀色のドームカバーが目の前で開けられた瞬間、そこに鎮座していたのは、**高さ30センチはある「特大ベリー・ウェディングケーキ」**だった。
……そう、メニュー表の一番上は、単品デザートのコーナーだったのだ。
周囲のセレブたちが優雅にスープを啜る中、私と彼女の目の前には、食前酒も前菜もすっ飛ばした、ド派手で甘美なタワーが屹立している。
「あの……お連れ様、食前酒はお決まりで……」
駆けつけたムッシュの声がかすかに聞こえる。だが、私の頭の中は真っ白だ。よりによって、隣のテーブルの紳士が、フォークを止めてこちらを凝視している。彼の目には「前菜にケーキを食らう野蛮なアジア人」と映っているに違いない。
「……あ、これ、アミューズ……です」
私は震える手でケーキを切り分けようとしたが、ナイフがスポンジにめり込んだ瞬間、タワーがわずかに右に傾いた。絶体絶命のバランス。私はケーキと格闘しながら、人生で最も長いディナータイムを過ごす羽目になった。
結局、その後運ばれてきた本番のコース料理を食べる頃には、私は糖分で胃がパンク寸前だった。
帰り際、レジで店員に「デザートはいかがでしたか?」と満面の笑みで聞かれた時、私は二度とフランス語を勉強するまいと心に誓った。せめてメニュー表が日本語であること、そして「一番上」が「特大」ではないことを祈りながら、私は小走りで店を後にした。
