標高5,000mの絶望と渇望。「世界一高い場所にある自販機」を追って
「ヒマラヤのどこかに、世界で最も標高の高い場所にある自販機が存在するらしい」
そんなネットの書き込みを信じ、私はネパール・ルクラの空港に降り立った。酸素濃度は平地の約半分。バックパックには、この過酷なトレッキングには不釣り合いな「小銭」がジャラついている。無謀だという自覚はあった。しかし、高山病の頭痛が響く脳内では、その自販機こそが聖杯のように輝いて見えたのだ。
荒野に消えた噂
トレッキング2日目、ナムチェ・バザールを越え、標高4,000mの領域へ足を踏み入れる。すれ違うシェルパたちに「自販機を見なかったか?」と尋ねるが、誰もが怪訝な顔で首を振る。そりゃそうだ。この極寒の地で、電気を使い、凍結のリスクを負ってまで飲み物を売る意味など皆無に近い。
高度が上がるにつれ、風景は白銀の荒野へと変わる。一歩歩くごとに心臓が早鐘を打ち、肺が焼けつくような痛みを訴える。エベレスト・ビュー・ホテルを越え、目的地と噂される集落へと向かう道中、私は何度も「帰りたい」と呟いた。自分は何をしているんだ? 暖かいコカ・コーラを飲むためだけに、なぜこんな場所で命を削っているのか。
幻の正体
標高5,100m付近、深い霧の中にひっそりと佇む小さな石造りの小屋を見つけた。噂の地点だ。息を切らし、足元をふらつかせながら近づく。そこには、確かに「それ」はあった。
……しかし、私の期待していた近未来的なマシンの姿はそこにはなかった。 錆びつき、電気も通っておらず、扉には何層にも渡って氷が張り付いている。かつて誰かが「ここに置けば面白いのでは」と持ち込んだのであろう、骨董品のような機械。ボタンを押しても反応はなく、ただ冷たい風の音だけが周囲を支配していた。
私はその無残な姿を前に、思わず吹き出した。過呼吸に近い笑い声が、静寂のヒマラヤに響く。 世界一高い場所にある自販機。その正体は、目的を果たせず、誰の喉も潤すことのない「ただの鉄の塊」だった。
旅の真の対価
帰路、ふとリュックの中の小銭を見た。重いだけで何の役にも立たなかったそれらを、私は山の神への供物のように、近くのケルンにそっと置いた。
今回の旅は、目的を達成したのか、あるいは完膚なきまでに失敗したのか。おそらく、後者だろう。自販機の温かい飲み物を飲むという目的は、達成できなかった。しかし、山を下りる途中で見た、雲を突き抜けて輝くローツェの黄金色に染まる姿は、どんな自動販売機も提供できない「至高の一杯」以上の絶景だった。
人はなぜ、わざわざ不便な場所へ行くのか。それは恐らく、無駄なものの中にしか見つからない「何か」を探しに行っているからだ。 「世界一高い場所にある自販機」を探した結果、私は自販機を見つけられなかった。だが、その代わりとして、自分の限界と、文明から遠く離れた場所でしか得られない「圧倒的な静寂」を手に入れた。
次は、また別の場所を目指そうと思う。今度はもう少し、無駄なものに時間を割くために。
