パジャマで世界一周:Googleストリートビューと「輸入食材」で挑む究極の自宅旅行記
パスポートは引き出しの奥底。航空券を買う必要も、空港で長蛇の列に並ぶ必要もない。今夜、私は自宅のリビングから、時差10時間以上のポルトガル・リスボンへと旅立つ。
0kmの旅の始まり
PCのモニターに映し出されたのは、Googleストリートビューのリスボンの街角だ。マウスをドラッグするだけで、急勾配の石畳が視界を横切る。黄色い路面電車が坂を上り、パステルカラーの壁面に陽光が反射する。
現実の私は、締め切った部屋でパジャマを着ているが、視覚情報は確実に南欧の風を捉えていた。物理的な移動をしない「サイバー旅行」の面白さは、自分の意志でいくらでも「脇道」に逸れられる点にある。観光ガイドに載っていない路地裏の、干された洗濯物の乱れや、錆びた看板の文字を追う。そこには、ツアーでは味わえない、生活の微細な手触りがある。
現地を「食べる」という没入感
旅の醍醐味は、その土地の食にある。私は数日前に届いた荷物を開けた。現地のネットスーパーから取り寄せた、ポルトガル産のオイルサーディンと、地元のスーパーで見つけた辛口のヴィーニョ・ヴェルデ(微発泡ワイン)だ。
「現地の空気を再現する」という実験の肝は、情報の同期にある。 モニターには、リスボンのバイシャ地区からアルファマ地区へと続く散歩ルートを表示し続ける。スピーカーからは、YouTubeで検索した「Lisbon Street Ambience(リスボンの街角の環境音)」を小さく流す。
遠くから聞こえる教会の鐘の音と、路面電車の軋む音。 グラスにワインを注ぎ、オイルサーディンをパンに乗せて頬張る。脂の乗った鰯の旨味と、キリリと冷えた微発泡ワインが口の中で混ざり合うとき、モニターの中の石畳の冷たさが、なぜか指先まで伝わってくるような錯覚に陥った。
脳が体験する「場所」の境界線
不思議なことに、30分も経つと、自分がどこにいるのかの境界が曖昧になる。 「今、私はリスボンのカフェのテラス席で、行き交う人々を眺めているのかもしれない」 そんな妄想が現実味を帯びてくる。旅とは、移動距離のことではなく、日常からどれだけ意識を切り離せるかという「心の状態」の差分なのかもしれない。
旅の予算は往復でわずか数千円。トラブルに巻き込まれる心配もなく、好きな音楽をかけ、好きなタイミングで寝られる。これほど贅沢な旅のスタイルが、かつてあっただろうか。
夜が更け、マウスをクリックする指が少し重くなる。モニターの中のリスボンの空は、私が暮らす街よりも少しだけ遅れて夕闇に染まり始めていた。
明日からまた、会社という名の「日常」に戻る。しかし、私のPCの履歴には、確かにポルトガルを歩いた軌跡が刻まれている。次はどの国へ行こうか。エチオピアのコーヒーを取り寄せながら、アフリカの大地をストリートビューで散策する夜も悪くない。
さあ、マウスを握り直そう。世界は、クリック一つで開かれるのを待っている。
