拝啓、面接官様。私は「御仏」に入社したかったわけではありません。
人生には、「あのアレさえなければ」と、ふとした瞬間に天井を仰ぎたくなる瞬間がある。 私にとってそれは、3年前の春、あるIT企業の最終面接での出来事だ。
当時の私は、いわゆる「就活ゾンビ」。連日の面接で心はすり減り、カフェインと栄養ドリンクで無理やり脳を覚醒させていた。 その日も、鏡の前で何度も「御社、御社、御社」と唱え、準備は万端のはずだった。しかし、緊張というのは時として、脳内の辞書を別世界へワープさせる力を持っている。
面接官は、仏のような……いや、文字通り温厚そうな初老の男性だった。 「では、最後に。当社を志望した決定的な理由を教えてください」
私はここぞとばかりに、全身全霊で熱弁を始めた。 「はい! 私が御社を志望した理由は、御社の革新的なシステムが業界に革命を起こすと確信しているからです。御社のような素晴らしい環境でなら、私のスキルを最大限に活かし、御社のために骨を埋める覚悟で……」
ここまでなら、どこにでもいる熱血就活生だ。事件は、この直後に起きた。 あまりの緊張で口がもつれ、脳がパニックを起こした私は、「御社」という単語を脳内で「ご仏」と変換してしまったのだ。しかも、なぜか「ご」ではなく、より重厚な「お」をつけて。
「――ですから、私は御仏(おほとけ)の更なる発展に寄与したいと心から願っております! 御仏の理念に深く共鳴し、この御仏でこそ私の人生を捧げる価値があると考えたのです!」
……部屋に静寂が訪れた。 「御仏」という言葉が、会議室の空気にふわりと溶け込み、妙な宗教的風格を醸し出した。 面接官は一瞬、フリーズした。その後、徐々に肩が震え始め、ついには「ぷっ……はっはっは!」と大爆笑し始めたのだ。
「いやぁ、君。御仏に入社したいのか。それはまた、極めて……こう、極楽浄土に近いキャリアパスだね」
面接官は涙を拭いながらそう言った。私は顔から火が出るどころか、今すぐこの場で輪廻転生したいくらいの恥ずかしさに襲われた。「申し訳ありません、御社です!」と訂正したものの、一度「御仏」となってしまった私の志望動機は、もはや後戻りできなかった。
結局、その会社からは当然のごとくお祈りメールが届いた。 メールの文面には、「君のポテンシャルは素晴らしいが、うちの会社はまだ現世に留まる必要があるので、残念ながら今回はご縁がなかったということで」と、冗談交じりの慰めが添えられていた。
今となっては笑い話だが、あの日の私は確かに「御仏」を強く志望していた。 もし、あの面接官が私のこの失態を肴に今夜も一杯飲んでいるなら、それはそれで、私の面接も少しは社会の役に立ったのかもしれない。
