雨の降らない村の葬列:棺桶に横たわっていたのは「自分」だった
その村には、十年もの間、一滴の雨も降っていない。
干からびた土と、埃っぽい風が吹き抜ける「枯木村(かれきむら)」。この村の掟は残酷だ。土地が死ぬとき、その咎を背負う「生贄」が必要になる。村長が亡くなり、その国葬とも言える厳かな葬儀が執り行われる日、僕はその棺桶の蓋を開けて、言葉を失った。
そこに横たわっていたのは、昨日までこの村を支配していたはずの老人ではなかった。
僕だ。制服の汚れまで、昨日転んだときの傷跡まで、まったく同じ僕の身体が、冷たい安らぎの中に横たわっていた。
死者として扱われる少年
「ようやくお目覚めかな、長(おさ)よ」
参列者の村人全員が、僕を囲み、跪いた。彼らの瞳には、悲しみなど欠片もない。あるのは、収穫を待つ農夫のような冷徹な達成感だけだ。僕は叫んだ。僕は生きている。心臓は鼓動を刻み、喉は恐怖で引きつっている。だが、誰一人として僕の言葉に耳を貸さない。
彼らにとって、そこにいる僕は「今日、死ぬべき存在」であり、それ以外の属性は不要なのだ。
「そんなはずはない、僕はここにいる!」
誰かが僕の腕を掴んだ。その手は、真冬の氷のように冷たかった。大人たちの力に抗えるはずもなく、僕は棺桶の横に引きずり出され、白装束を着せられる。儀式は進む。村の古老が祝詞を唱え、僕は「死者」としての役割を完璧に遂行することを求められていた。
隠された村の秘密
夜、儀式の準備の合間を縫って、僕は村の最奥にある「記録庫」に忍び込んだ。そこで僕は、戦慄すべき真実を目にする。
この村には、数百年前から伝わる「転生」の儀式があった。村の長が老い、死に直面したとき、村で最も純粋な血を持つ若者の身体に、その魂を移し替える。僕の身体が棺桶にあったのは、魂を吸い上げられた後の「抜け殻」だったのだ。では、今の僕は?
書類にはこうあった。「魂を吸い上げられた者が意識を保っている場合、それは『器』の拒絶反応である。速やかに土へ還せ」
つまり、僕は「失敗作」だった。魂が完全に移り切らなかった不完全な亡霊。だからこそ、村人たちは僕を急いで葬らなければならないのだ。僕というノイズが消えない限り、村の「新しい長」は完全な支配権を握ることができない。
狂った村からの脱出
儀式の開始を告げる鐘が鳴り響く。村人たちが手に松明を持ち、僕の潜む記録庫を包囲した。
窓から外を見れば、空には一筋の雲もない。だが、僕の心には、この渇いた大地を潤すほどの激しい憤怒が渦巻いていた。僕は机の上にあったインク瓶を床に叩きつけ、古びた記録を火にくべる。
「僕を殺したいなら、村ごと燃え尽きればいい」
僕は叫び、窓を突き破って走り出した。背後で村の建物に火が回り、乾ききった木造の家々が爆発するように炎を上げる。僕を追ってくる村人たちの形相は、まるで地獄から這い出た鬼のようだった。
僕の心臓はまだ鳴っている。この身体が「器」なのか「僕自身」なのか、そんなことはもうどうでもいい。ただ、死んでなるものか。
背後の炎が、村の結界を焼き払っていく。十年ぶりの雨など必要ない。僕の命の火が、この狂った村を焼き尽くす雨の代わりになるのだ。
僕は村の境界線にある鳥居を駆け抜けた。その瞬間、背後で空が轟音を立て、地鳴りのような雷鳴が響き渡った。
本当に雨が降り出したのか、それとも僕の命が尽きる合図だったのか。それは誰にもわからない。ただ、逃げ切るまで、僕は決して「死者」にはならない。