頑固親父を無理やり海外へ連れ出したら、想像の斜め上をいく結末になった
「海外旅行? パスポートの更新だって面倒くさい。日本の温泉に浸かっているのが一番だ」
これが、定年退職した父の口癖だった。私はその言葉を「老後の暇つぶしがわかっていない」と勝手に解釈し、無理やり航空券を予約した。行き先は、父がかつて「一度は見てみたい」と漏らしたことのある、イタリアのフィレンツェだ。
親孝行という名の「強引な連れ出し」。成田空港での父は、まるで死刑台に向かう囚人のような顔をしていた。
予期せぬトラブル、そして「頑固」の崩壊
旅の初日から、現実は容赦なかった。フィレンツェの石畳に父のスーツケースのキャスターが悲鳴を上げ、予約したはずのホテルはオーバーブッキングで近所の安宿へ変更。極めつけは、父が大切にしていた「旅のしおり」を空港のトイレに忘れてきたことだ。
「もう帰る。こんなはずじゃなかった」
とぼやき続ける父。私は必死にスマホで地図を検索し、パスタ屋の場所を探していた。しかし、父の視線がふと、路地裏の小さな看板に釘付けになっていることに気づいた。
そこは、ガイドブックには載っていない、地元の人しかいないような小さな木工工房だった。
言葉は通じなくても
工房の中には、父が昔、趣味でかじっていた彫刻と同じような道具が並んでいた。父は恐る恐る中へ入ると、店主の老職人と目があった。言葉は通じない。それでも父は、拙いジェスチャーと単語で、職人が削っている木の質について語り始めた。
驚いたことに、父は笑っていた。日本で「効率が悪い」と切り捨てていた職人の手仕事に、目を輝かせていたのだ。
その夜、夕食のテーブルで父が口を開いた。 「なあ、日本の職人はもっとデジタルを導入すべきだと思っていた。でも、ここを見て考えが変わったよ。……連れてきてくれて、ありがとう」
少し照れくさそうにワインを飲むその顔は、私が子供の頃に見た、何にでも興味津々だった父の顔に戻っていた。
想像の斜め上をいく結末
帰国前日、父は私の知らないところで「あるもの」を買っていた。小さな木製の小さな彫刻刀セットだ。
帰りの機内で、父はノートを広げ、これから何を作ろうかというスケッチを始めている。そして、ボソリと言った。 「次は、スペインの工房に行こうか」
……あれ? 「もう二度と海外には行かない」と言っていたのは誰だ?
私の「親孝行旅」は、ただ父に景色を見せることではなかった。父の中に眠っていた「好奇心」という錆びついたエンジンを、海外の空気が再び回し始めたのだ。
定年後の父の人生は、どうやら私の想定以上に面白くなりそうだ。空港の出口で「次の旅はいつにする?」とせがむ父を背に、私は心の中でガッツポーズをした。
頑固親父の第二の人生は、まだ始まったばかりである。
