「日本語禁止」の3日間。言葉を捨てて手に入れた、一生モノの親友
「今日から君の母国語は地球上から消滅した。いいか、一切の日本語を封印しろ」
友人との酔った勢いの賭けから始まったのは、台湾への無謀な3日間だった。ルールは単純。日本語禁止。英語の単語力は中学2年生レベル。頼れるのは、泥臭いジェスチャーと、少しの勇気だけだ。
1日目:空腹と戦うパントマイム
空港に降り立った瞬間、私の口は物理的に「チャック」された。
最初の試練は、到着早々のランチだった。地元の小さな食堂に入り、メニューを指差すが、店主のおばちゃんが何かを問いかけてくる。「辛いか?」「パクチーは抜くか?」といったニュアンスだろうが、聞き取れない。
私は焦り、渾身の力で「ノー・スパイシー!」と叫びながら、口から火を吹くジェスチャーを披露した。おばちゃんは爆笑し、隣の常連客もつられて笑う。言葉が通じないことで、私は「恥ずかしさ」という防壁を失った。代わりに、表情筋と身体全体で感情を伝える「野生のコミュニケーション」が芽生えたのだ。
2日目:路地裏で出会った「言葉のいらない」男
事件は2日目の夜に起きた。路地裏のバーで、私はメニューにないカクテルを注文しようとして大失敗をした。「甘いアルコール」を伝えたつもりが、出てきたのは激甘の練乳みたいな飲み物。
あまりの味に顔をしかめる私を見て、カウンターの隣にいた青年・チェンが吹き出した。
「Bad?」 「Very bad.」
短いやりとりから、私たちは身振り手振りで「変なカクテル選手権」を始めた。彼が地元の奇妙なスナックを注文し、私がそれを食べてリアクションをする。それだけのことなのに、まるで何年も連れ添った悪友のような一体感が生まれた。
日本語という「甘え」がない分、相手の目を見て、その場の空気の揺れを読み取る。彼が何を食べたいのか、どこに行きたいのか、何を面白いと思っているのか。言語の壁が消えた瞬間、私たちはただの「人間」として繋がることができた。
3日目:別れ、そして確信
最終日、空港へ向かうバス停でチェンが見送りに来てくれた。別れ際、彼がくれたのはGoogle翻訳を通した一文でも、きれいな英語のメッセージカードでもなかった。
彼は私の肩を叩き、スマホで一枚の写真を撮り、その後、力強く拳を突き出した。私も同じように拳を突き出す。
「See you!」
日本語を捨てたことで、私は「語彙力」ではなく「眼力」を学んだ。言葉に頼りすぎていた日常では見えなかった、相手の小さな変化や、心の機微。それらを感じ取る能力が、私を世界と深く繋いでくれたのだ。
帰りの機内で、久しぶりに日本語のニュースを聴いた。懐かしさと同時に、不思議な違和感を覚える。もしあなたが、日常のコミュニケーションに退屈しているのなら、ぜひ一度試してみてほしい。言葉を封じれば、世界はもっと色鮮やかに見えてくる。
まあ、正直に言えば、帰国して食べたラーメンを一口食べた時、「あ、やっぱり日本語って最高だわ」と思わず声に出してしまったのだが。
