星2つの真実:Googleマップの「酷評」を辿った先にあった極上の体験
「星5つ」の行列に並ぶのは、もうやめないか。
現代の旅において、Googleマップのレビューは聖書よりも重い。星4.5以上の店には行列ができ、星2以下には「二度と行かない」の烙印が押される。しかし、私はふと思った。この「星の数」は、本当の価値を映しているのだろうか?
今回は、あえて「評価星2以下」という地雷原だけを巡る、奇妙な聖地巡礼の旅に出ることにした。酷評の裏側に隠れた、歪なほどの個性を探し出すために。
酷評の理由は、往々にして「客の勝手」だ
最初の目的地は、都内某所にある老舗の定食屋。レビュー欄にはこうある。 「店主がとにかく無愛想。注文を急かされた。二度と行かない」
到着すると、看板は錆びつき、暖簾は色褪せている。恐る恐る扉を開けると、そこには昭和の空気が真空パックされたような空間が広がっていた。店主は黙々とフライパンを振るい、客が何人入ってこようが目配せひとつしない。
だが、運ばれてきた「生姜焼き定食」を一口食べた瞬間、私は箸を止めた。 豚肉の厚み、絶妙な焼き加減、そして秘伝のタレのコク。店主が客に愛想を振りまく暇がないのは、この「究極の一皿」を最高の温度で出すことに、全神経を注いでいるからだと理解するのに時間はかからなかった。
彼はサービス業をしているのではない。ただ「美味いもの」を作り続けているだけなのだ。そのこだわりを「無愛想」と切り捨てるのは、あまりにも野暮というものだろう。
迷宮の先で見つけた「静寂」
次は、評価の低い観光地。評価の理由は決まって「アクセスが悪すぎる」「看板がなくて迷った」というものだ。 実際に現地へ向かうと、そこはスマートフォンを片手に右往左往する観光客を拒むかのような、険しい坂道の先だった。確かに不親切だ。しかし、その苦労の先に待っていたのは、息を呑むような絶景だった。
そこには、ガイドブックのスタンプラリーに疲れた観光客の姿はなく、ただ風の音と鳥の鳴き声だけがあった。もしここが「星4.8」の有名スポットなら、今頃は大声で騒ぐ団体客で溢れかえっていただろう。
「場所が分かりにくい」という悪評は、実は「選ばれた人間しかたどり着けない」というフィルターの役割を果たしていたのだ。
低評価レビューは「篩(ふるい)」である
今回の旅を通じて確信したことがある。Googleマップの低評価レビューの多くは、店側の非ではなく、「平均的なサービス」を求める客と、「我が道を行く」店主のミスマッチから生まれている。
星の数が少ない店は、ある意味で強烈な自己主張をしている店だ。 万人に好かれようと媚びない。効率を求めない。その結果、一部の「普通」を求める人々からは嫌われるが、波長の合う人にとっては、これ以上ないほどの「聖地」となる。
旅先で「星2つ」の店を見つけたら、落胆する前に一度立ち止まってみてほしい。そこには、星5つの店では決して味わえない、尖った魅力が眠っているかもしれない。
あえて酷評の店へ飛び込む。それこそが、テンプレートな観光旅行を卒業するための、唯一の鍵なのだ。
