時給800円の「生活者」として、名前も知らない町に潜り込んだ
観光地で飲むビールより、地元のスーパーの特売品で作る晩酌の方が、よっぽど味が濃い。
そう気づいてしまったのは、とある地方都市で時給800円のアルバイトを始めたときのことだ。スーツケースを転がして「お客様」として入る町ではなく、くたびれた作業着を着て「住人」としてその土を踏む。そんな少し風変わりな旅に出ることにした。
「いらっしゃいませ」の裏側で見つけたもの
派遣されたのは、観光ガイドにはまず載らない、名もなき地方の物流センター。朝8時、慣れない長靴を履いて現場に立つ。同僚のおばちゃんたちは、方言が強すぎて最初のうちは暗号解読に近い。
しかし、休憩時間の給湯室でその壁は崩れた。
「兄ちゃん、これ知ってるか?」
差し出されたのは、近所のスーパーでしか見たことがないという「謎の黒い塊」だった。山菜を独自の製法で発酵させたというその食材は、見た目は正直グロテスクだ。しかし、白いごはんに乗せて口に運ぶと、芳醇な土の香りと強烈な旨味が広がった。ガイドブックを何冊めくっても辿り着けない、その土地の「生命力」そのものだった。
観光地図には載らない「聖域」
仕事が終わるのは夕方の17時。観光客なら駅前の居酒屋に向かう時間だが、僕の目的地は違った。
地元民に教えてもらったのは、山あいの集落にある古ぼけた共同浴場だ。観光客向けの綺麗な温泉施設ではない。地元の高齢者たちが、「今日は肩が痛い」「孫が帰ってくる」と、湯船で人生のぼやきを交換する社交場だ。
そこでは「旅行者」という仮面は剥がされる。時給800円で汗を流したという共通項があるだけで、彼らは僕を「よそ者」ではなく「町の一員」として扱ってくれた。誰にも邪魔されない、静かな、けれど確かな暮らしの温度がそこにはあった。
800円の価値
結局、この短期滞在で稼いだお金は、その土地での生活費ですべて消えた。計算すれば、マイナス収支かもしれない。けれど、思い出の濃度はまったく違った。
有名な絶景ポイントで撮った写真よりも、スーパーの半額シールが貼られた総菜をアテに、窓辺から見える夕暮れを眺めた瞬間のこと。あのおばちゃんが教えてくれた、名前も知らない山の名前。それらすべてが、今の僕の血肉になっている。
「住むように旅をする」なんて言葉は綺麗すぎる。もっと泥臭くて、もっと人間臭い。でも、もしあなたが本当の意味でその土地と混ざり合いたいなら、一度、今の生活を離れて誰かの暮らしの歯車になってみることをお勧めする。
そこには、ガイドブックには決して書けない、あなたの人生を変えるような「日常」が待っているはずだから。
