臨終の告発――国民的スターの名前が指し示す「真実の暗号」
静寂に包まれた病室で、被害者である老富豪・西園寺が最後に残した言葉は、日本中がその顔を知る国民的タレント「相沢マサト」というフルネームだった。
ニュースは瞬く間に駆け巡った。誰もが「犯人は相沢マサトだ」と確信した。しかし、捜査を担当する刑事・久保田は、直感的な違和感を拭えずにいた。事件発生時刻、相沢は全国ネットの生放送番組に出演し、何百万人もの視聴者の前で笑顔を振りまいていたからだ。完璧すぎるアリバイ。物理的に、彼が犯行現場にいることは不可能だった。
捜査を攪乱する「名前」の罠
久保田は、西園寺の遺品である古い手帳と、彼が生前に好んで読んでいたというパズル雑誌の束を洗い直した。なぜ、死にゆく者が、無関係なはずの有名人の名前を口にしたのか。
「犯人を指名したのではない。あの名前自体が、犯人が誰かを知るための『鍵』だったのか?」
相沢マサトという名前を繰り返し呟くうちに、久保田はある事実に気づく。テレビ画面の中の相沢が、いつも着用している「ある特徴的なアイテム」と、西園寺の趣味であった「アナグラム」のルールが合致したのだ。
崩れ去る完璧なアリバイ
久保田が辿り着いたのは、背筋が凍るような事実だった。 被害者が残した名前は、犯人の「個人名」ではなく、犯人が所属する組織、あるいは犯行の「手口」を示すコードネームだったのだ。
相沢マサトの生放送出演という完璧なアリバイすらも、西園寺を殺害するために計算し尽くされた「演出」の一部に過ぎなかった。西園寺は、自分の命が消える寸前、犯人の正体そのものではなく、犯人が隠そうとした「トリックの構造」をその名前に託したのである。
「相沢マサト」の文字を並べ替え、事件現場から発見された奇妙な数字の羅列と組み合わせた時、久保田は確信した。犯人は、誰もが疑いもしない「あの人物」であることに。
闇に葬られた言葉の行方
窓の外では、夜の街が相沢マサトの広告看板を煌々と照らしている。久保田は静かに警察署を出た。西園寺の最後のメッセージを解読した今、逃げ道はどこにもない。
犯人は、スターという仮面を被り、光の中に隠れていた。しかし、光が強ければ強いほど、その背後にできる影は濃くなる。
死ぬ間際の告発は、犯人にとっては何の罪もない「有名人の名前」を借りた防弾チョッキだったはずだ。だが、その名前こそが、犯人を追い詰める決定的な鎖となったのである。
捜査は今、最終局面を迎える。テレビの中のスターは、今日も何事もなかったかのように微笑んでいる。しかし、その笑顔の裏側で、真実のカウントダウンは静かに、しかし確実に刻まれていた。