隣人のクローゼットから聞こえる「100」の正体
新居の壁は、予想以上に薄かった。
引っ越して一週間が過ぎた頃、私はその異変に気づいた。毎晩、時計の針が午前2時を指すのと同時に、隣の部屋から聞こえてくる声がある。
「……99、98、97……」
男の、抑揚のない乾いた声だ。それがクローゼットの奥から響いてくるように、壁越しに微かに届く。最初は誰かの独り言か、あるいはラジオの消し忘れだと思っていた。しかし、そのカウントダウンは毎晩必ず100から始まり、正確に「0」で途切れる。
0になった瞬間、すべてが静寂に包まれる。その沈黙は、まるで死者のように深く、不気味だった。
耐えきれなくなった私は、管理会社へ足を運んだ。隣の住人の生活態度について苦情を言うためだ。しかし、担当者の顔が青ざめたのを見て、私は言葉を失った。
「お客様、隣の302号室は、もう三年前から空き部屋です。……いや、正確には、立ち入り禁止区域と言った方が正しいかもしれません」
担当者によれば、その部屋の住人は三年前に失踪し、以来、中に入る者は誰もいないという。しかし、壁の向こうからは今夜もカウントダウンが聞こえてくる。恐怖に駆られた私は、意を決して管理人に鍵を開けてもらうことにした。
深夜2時。解錠された302号室の扉を開け、私は懐中電灯を握りしめて中へ踏み込んだ。埃が舞う暗い部屋の奥、例の音が聞こえてくるクローゼットの前で、私は立ち止まった。
声はそこからしている。
心臓が早鐘を打つ中、私は震える手でクローゼットの扉に手をかけた。勢いよく開け放ったその先には、誰もいなかった。しかし、床には古びた一冊のノートが置かれていた。
懐中電灯でノートを照らす。そこには、びっしりと数字が書き連ねられていた。
『100、99、98……』
ページをめくる手が止まる。最後のページには、走り書きの文字があった。
『私のカウントダウンは終わった。次は、扉を開けたお前の番だ』
その瞬間、背後の部屋のドアが「カチリ」と閉まる音がした。時計を見るまでもない。午前2時。
私のすぐ背後から、耳元に直接響くような声が聞こえた。
「99」
カウントダウンは、私を起点にして再び始まったのだ。逃げ場のない部屋で、私は自分の終わりの始まりを悟った。