帰りのチケットは「運」のみ。サイコロが導いた、終わりなき一週間の放浪記
リュックには着替えが数着と、使い古したサイコロが一つ。帰りのチケット? そんなものはない。これが、私の「目的地なき一週間」のすべてだ。
ルールはシンプルだ。駅や空港に降り立ち、サイコロを振る。出た目の数だけ「隣の県」へと移動する。そして、所持金と体力が尽きた場所が、今回の旅のゴールとなる。
1日目:最初のサイコロは「3」
羽田空港からほど近い品川駅で、私は最初のサイコロを振った。出た目は「3」。品川から数えて3番目の県は、静岡だった。新幹線に乗る金はある。期待と不安を胸に、私は熱海行きの列車に飛び乗った。
「どこへ行くんですか?」 隣に座っていた老婆が声をかけてきた。「サイコロに聞いています」と答えると、彼女は少し驚き、そしてニヤリと笑った。「面白いねぇ。人生だって結局は運だもの」
熱海に降り立つと、潮風の香りが迎えてくれた。しかし、旅はここからが本番だ。次はどこへ行くのか。どのルートで進むのか。すべてはサイコロの出目次第だ。
3日目:予期せぬトラブルと「助っ人」
旅の3日目、私は愛知県の山間部で立ち往生していた。サイコロが「6」を叩き出し、気まぐれに乗り換えたローカル線が途中で運行見合わせになったのだ。スマホのバッテリーは残り10%。現金は、あとの食事を数回分残すのみ。
雨が降りしきる無人駅。途方に暮れていると、地元の農家のおじさんが軽トラを停めてくれた。 「この先、土砂崩れで当分動かんぞ。俺の家で一晩泊まっていけ。飯はある」
警戒心よりも、空腹と疲労が勝った。おじさんの家で食べた温かい味噌汁と、囲炉裏の火の暖かさは、一生忘れないだろう。何もない場所で、見ず知らずの誰かに救われる。無計画という名の不自由さが、人との絆という「贅沢」を引き寄せてくれた。
5日目:ゴールへのカウントダウン
所持金は、千円札が数枚。足はもう棒のようだが、脳内はアドレナリンで満たされている。北陸地方を転々とし、今は石川県の金沢にいた。
サイコロを振る手が震える。「頼む、もっと遠くへ連れて行ってくれ」。 出た目は「1」。
目的地はすぐ隣の県。ついに終わりが見えてきた。この無謀な旅を続けてきた結果、私の口座には残高がほとんどなくなり、体も限界を迎えていた。しかし、不思議と絶望感はない。むしろ、この「予定調和のない日々」が終わることに、言いようのない寂しさを感じていた。
旅が終わるということ
7日目の夜、福井県の小さな港町で、私はようやく腰を下ろした。財布の中身は硬貨が数枚だけ。もう一歩も歩けない。ここが、私のゴールだ。
帰りのチケットがないまま始めた旅だったが、帰りのチケットを買う金さえ残っていない。私は駅のベンチに座り、最後にもう一度だけサイコロを振った。
転がるサイコロは「6」で止まった。
もし、もう一週間あったら。 私は笑いながら、リュックを背負い直した。帰りの手段? それはまた、明日起きてから考えればいい。どうせ人生なんて、サイコロの出目以上に予測不能なのだから。
