「日本一の秘境」でWi-Fiを切ってみた。デジタルデトックス24時間のリアルな顛末
スマホの画面をタップする指が、もはや無意識に動く。信号待ちでTwitter(現X)を覗き、カフェでInstagramのストーリーを眺め、寝る前には惰性でTikTokをスクロールする。そんな現代病の末期患者である私が、あえて「圏外」の地を目指したのは、自分を一度リセットしたかったからだ。
目的地は、日本一の秘境と名高い、とある山奥の宿。携帯の電波が一切入らない、デジタル文明から見捨てられた場所である。
0時間目:禁断症状の幕開け
チェックインを済ませ、部屋に入った瞬間、スマホの画面右上を確認した。案の定、「圏外」の文字。その瞬間、背筋に冷たいものが走った。誰かと繋がっていないと、自分という存在が希薄になっていくような、奇妙な焦燥感。私は不安を埋めるように、何度も電源ボタンを押し、無意味な画面の明滅を繰り返した。
「ああ、今頃みんなは何を食べているんだろう」「あのニュースに反応しておかないと」。脳内の通知センターがひっきりなしにアラートを鳴らし続ける。私はスマホを鞄の奥深くに放り込み、布団にダイブした。
6時間目:退屈という名の拷問
夕食までの時間は、あまりに長すぎた。いつもならYouTubeの解説動画を聴き流している時間だが、今は静寂しかない。窓の外では風が木々を揺らす音と、遠くの川のせせらぎが聞こえる。
退屈だった。退屈すぎて、死ぬかと思った。思考が堂々巡りし、日頃のストレスや、SNSで見た他人の幸福が頭をよぎる。しかし、それらを書き留める場所も、誰かに吐き出す場所もない。私はただ、天井の木目の数や、畳の擦り切れた箇所を数え、自分自身と向き合うしかなかった。
18時間目:感覚の覚醒
翌朝、鳥の声で目が覚めた。不思議なことに、目覚めはこれまでにないほど鮮やかだった。
朝食の土鍋で炊いたご飯の香り、味噌汁から上がる湯気の温かさ、そして窓から差し込む陽光の粒。これまで五感のフィルターを通さず、デジタル越しに世界を見ていたことに気づかされる。コーヒーを飲みながら本を開くと、活字が驚くほどスムーズに脳内へ流れ込んできた。思考の深さが違う。ノイズのない脳は、これほどまでにクリアに世界を捉えるのか。
24時間目:帰還と「通知の洪水」
下山し、麓の集落に降り立った瞬間、ポケットの中のスマホが小刻みに震え出した。
「ブブッ、ブブブブッ!」
ダムが決壊したかのように、通知の嵐が押し寄せてきた。LINEの未読、メンションの山、どうでもいい広告メール、ニュースアプリの速報。画面が埋め尽くされ、数秒前まで感じていた静寂は、無機質な機械音に塗りつぶされた。
ふと、画面に映る自分の顔を鏡で見るような感覚に陥った。たった一日。されど一日。私はその「通知の洪水」に対し、かつてないほどの恐怖を感じていた。
この情報過多の世界に、また足を踏み入れるのか。 私は深呼吸をして、あえてスマホを鞄の底へ押し込んだまま、日常へと足を踏み出した。さっきまで研ぎ澄まされていた感覚を、できるだけ長く維持したいと願いながら。
