効率を捨てて、駅名とキスをする旅へ。珍妙駅制覇の記録
人生には、どう考えても意味のない時間が必要だ。
Googleマップの経路検索が「もっとも速いルート」を提示し、人生の最適化が求められるこのご時世。私はあえて、その対極に位置する旅に出ることにした。目的はただ一つ。「日本中の、ちょっと変な名前の駅で、看板と一緒に自撮りをする」。
これほど生産性のない旅が、他にあるだろうか。
なぜ、わざわざ「小前田」なのか
旅の始まりは埼玉県の「小前田(おまえだ)」駅だった。ホームに降り立ち、古びた看板を見つけた瞬間の高揚感といったらどうだ。駅員さんに怪訝な顔をされようが、私は無心でシャッターを切る。「小前田に来たぞ」という、何の役にも立たない証拠写真。それだけで、なぜか達成感が胸を満たす。
そこから私の「珍名駅収集」の旅が始まった。
次に目指したのは、四国の秘境・大歩危(おおぼけ)駅だ。名前のインパクトもさることながら、その名の通り断崖絶壁の合間に佇む無人駅。鈍行列車に揺られること数時間。窓の外を流れる吉野川の景色に飽きたら、駅弁の蓋を開ける。冷めた白米と甘辛い煮物。これこそが、旅の贅沢というものだ。
効率を重視するなら、特急で通り過ぎればいい。だが、私はあえて鈍行を選ぶ。目的地に早く着くことよりも、「その場所の空気を吸い、看板を背負って記念撮影をする」という、極めて個人的で無意味な儀式を完遂することにこそ、旅の美学があるからだ。
「増毛」駅で悟る、贅沢な無駄
旅のハイライトは、北海道の「増毛(ましけ)」駅だった。もう廃線となって久しいが、あの駅名の看板を見た時の感慨は一生忘れないだろう。北の大地にポツンと立つ、その文字面。「増毛」という、どこか悲哀と希望が混ざり合ったような駅名。
私は雪の降る中、震える手でカメラを構え、看板とツーショットを撮った。誰に見せるわけでもない、自己満足の極致。しかし、この瞬間、私は世界で最も自由な人間だった。
効率化という名の波に飲まれそうな毎日において、あえて「無駄なこと」に情熱を注ぐ。遠くの駅まで数千円の切符を買い、何時間も電車に揺られ、ただ看板をカメラに収めるだけ。そのプロセス自体が、私の人生を豊かに彩っているのだ。
次の駅はどこへ
旅はまだ終わらない。次はどんな「奇跡の駅名」が私を待っているのだろう。
「半家(はげ)」、「学(がく)」、「恋し(こいし)」――。
日本地図を広げ、指でなぞる。次に降り立つ駅のホームで、私はまた、誰も見ていないところでニヤリと笑いながら、看板とツーショットを撮るのだ。
もし、どこかの駅のホームで、一人で黙々と看板を撮影している怪しい男を見かけたら、それは私かもしれない。その時はそっとしておいてほしい。私は今、人生で最高に贅沢な「無駄」を楽しんでいる最中なのだから。
