ページをめくるたび、犯人が笑う――古書店で見つけた「未解決事件」の死角
神保町の路地裏、埃の匂いが充満する古書店『黄昏堂』の奥底で、その日記帳は眠っていた。
表紙は煤け、角が擦り切れた黒い革装の日記。何気なくページをめくった瞬間、私は背筋に冷たい氷を押し当てられたような衝撃を受けた。そこには、二十年前、日本中を震撼させながらも迷宮入りした「三鷹未公開株強奪殺人事件」の克明な現場状況が、犯人の視点で綴られていたからだ。
犯人しか知り得ない「後日談」
事件当時、被害者の自宅には複数の防犯カメラが設置されていたが、犯人は一秒の迷いもなく死角を通ったとされ、警察は「内部事情に詳しい者の犯行」と断定していた。しかし、犯人は捕まらず、金銭も、殺害の動機も、霧の中に消えた。
日記にはこう記されていた。 『死角などなかった。カメラのレンズを歪ませたのは、雨上がりの湿気と、警備システムの「マスターキー」を握る男の指だ』
読み進めるたびに、私は言葉を失った。そこには警察発表では決して語られなかった、凶器の埋め場所、逃走ルート、そして何より、現場に「彼」を招き入れた協力者の名が記されていた。
その名は、当時事件を担当し、今は政界への転身を噂される元警視庁捜査一課の警部補・堂本。
浮き彫りになる「正義」の腐敗
日記の持ち主を突き止める調査は、命がけの逃走劇に変わった。日記の最後には、こう書き殴られていた。 『二十年後、真実を暴く準備は整った。この本を拾ったお前が、私の「裁判官」だ』
日記の持ち主は、かつて堂本の下で働いていた若手刑事だった。彼は二十年もの間、上司の罪を告発するために証拠を集め続け、しかし最後には誰にも告げず、この一冊を古書店に託して姿を消したのだ。
私が日記を手に、かつて堂本が隠し持っていた別荘の床下を掘り返すと、そこには被害者のものと思われる血のついたネクタイピンと、当時の捜査資料の原本が隠されていた。
闇を暴いた先に待つもの
警察の腐敗を暴く証拠を揃えた私は、震える手でジャーナリストに接触を試みた。しかし、その時すでに、私の背後には「静かな影」が忍び寄っていた。
古書店の主人は言った。「本というのは不思議なものだ。誰かの呪いを、次の誰かが拾い上げる。その連鎖を断ち切れるのは、物語の最後を見届ける者だけだよ」
二十年前の殺人犯と、それを黙認した刑事。そして、その亡霊に翻弄される私。 いま、私の手元にあるのは、古びた日記帳だけではない。この国の司法を揺るがす「死の証言」だ。
私が今、この原稿を書き上げている間にも、ドアの向こうで靴音が止まった。 日記の最後の一行は、こう締めくくられている。
『この物語を読む者へ。犯人は今も、あなたのすぐ後ろにいる』
さあ、ページを閉じる前に振り返ってみてほしい。あなたの背後には、誰が立っているだろうか。